聖セシリア小学校
季節のおたより
12月のおたより校長 渡辺 勝之 

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   1年生がイチョウの落ち葉をたくさん持ってきてくれました。茎の部分を束ねてみたら、それぞれの葉が花びらのようになり、まるでカーネーションのようです。「きれいだね」と、笑顔を交わす朝の和やかなひとときを味わうことができました。今年は、短い秋をはさんで、冬が足早に訪れたかのように、急に朝夕の冷え込みが厳しくなりました。手袋やマフラーを身に付けて、白い息を吐きながら校門を入って来る子どもたちを、落ち葉の絨毯が迎える今日この頃です。
   先日は発表会にお越しくださり、ありがとうございました。子どもたちは、10月中旬から練習を積み重ねてきました。何度も何度も練習を繰り返す過程で、一人ひとりの役割をつなぎ合いながら、皆で一つのものを完成させていく喜びや達成会を体験したことでしょう。小学校生活のしめくくりに向かっていく6年生の合唱『船で行こう』、今も耳に残ります。
   11月21日には、横浜教区(神奈川・静岡・山梨・長野の4県)の教区長である梅村昌弘司教様をお迎えし、創立88年目の「聖セシリアの日 記念式典」が行われました。毎年巡ってくる聖セシリアの日ですが、ローマ時代に生きた聖女に思いを馳せながら、混沌とした現代にあっても変わることのない普遍的な「幸福の価値観」を見出していきたいと、改めて思いました。
   さて、今年もいよいよ待降節に入ります。教会の暦では12月3日が最初の待降節の日曜日です。街中では、美しいイルミネーションやクリスマスツリーが見られるようになってまいりました。そして、間もなくクリスマスプレゼントが飛び交うことになるのでしょう。クリスマスシーズンになると、こうしたものばかりに目を奪われがちですが、二千年前の出来事を再現した貧しい馬小屋飾りの情景からは、そのような豪華なものは何一つ想像することができません。クリスマスの本当の意味とは何でしょうか。
   待降節の間は、クリスマスを楽しみに待ちながら、救い主をお迎えするのにふさわしい心の準備をしていきたいと思います。子どもたちが、すすんでお手伝いをすること、周囲の人々に親切にすること、世界の恵まれない「もう一人のお友だち」の幸せのためにささやかな祈りと犠牲をささげることなどを通して、「受けるより与える幸せ」を味わうことによって、クリスマスの本当の意味を知ってほしいと願っております。
   どうぞ、ご家庭でもクリスマスの意味をお子様と語り合うひとときをお持ちくださいますようお願いいたします。
    神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。(ヨハネ3章16節)


11月のおたより校長 渡辺 勝之 

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   「今年は赤組と白組の両方が優勝です!」 前期の最後を飾った運動会は前代未聞の(?)結果となりましたが、「みんなが優勝」という結果に大喜びする子どもたちを見て、「あぁ、セシリアの子どもはいいな」と心から思いました。ご家族の皆様には、最後まであたたかなご声援をお送りくださり、ありがとうございました。
   運動会からひと月が経ち、11月を迎えました。この間、前期の終業、秋休み、後期の始業と続き、今年度も後半へと入りました。また、後期の開始にあたって懇談会を開催させていただきました。引き続き、ご家庭と学校がそれぞれの立場から、子どもたちの豊かな成長を目指して、連携していくことができるよう願っております。
   発表会に向けた練習も始まりました。3年生は英語劇と音楽劇、4年生は合奏に臨みます。5年生はそれぞれのクラスで、内容的にかなりボリュームのある演劇に挑みます。高学年にふさわしい、立派な内容になることと思います。そして、6年生はいよいよ小学校生活最後の発表会を迎え、合奏・合唱に臨みます。皆で協力し励まし合いながら、練習の一つひとつに心を込めて取り組み、思い出に残る発表会となることを心から願っております。
   さて、カトリック教会が放映している「心のともしび」というテレビ・ラジオ・インターネットによる番組をご存じでしょうか。先日、この運動の創立者の一人、マクドナル神父様からのお便りに、「暗いと不平を言うよりもすすんであかりをつけましょう」という有名なスローガンの“誕生秘話”が紹介されていました。
   あるアメリカ人司祭が中国で「ともしびがあれば、それで闇を照らそう」ということわざに出会いました。やがて彼はアメリカに戻り、講演の依頼を受けます。そこで会場の下見に訪れました。誰もいない真っ暗な会場で、管理人が灯りを得るためマッチを点けたところ、たった一本のマッチの小さなともしびが、会場の隅々まで照らしたそうです。この司祭は「生涯忘れられない経験だった」と感動して、別の司祭に話しました。この話が伝わって、現在の「心のともしび」運動のスローガンができたということです。「心のともしび」運動が始まって、半世紀以上。テレビでご覧になったり、ラジオをお聞きになられたりしたこと方もいらっしゃることでしょう。インターネットでも番組内容を見ることができますので、“心の糧”としてぜひご活用になられてみてはいかがでしょうか。
   教会の暦では、11月は「死者の月」と言われます。既にこの世を去った人々を思い出して祈り、生きている私たちだけでなく、亡くなった方々との親しい交わりということも大切に考えていきたいと思います。また、22日には学園創立88年目の聖セシリアの祝日を迎えます。前日の21日には、横浜教区のラファエル梅村昌弘司教様をお迎えして記念ミサが執り行われます。清き殉教者・聖セシリアの生き方に思いを寄せ、改めて建学の精神を心に刻む一日にしたいと思います。

10月のおたより校長 渡辺 勝之 

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   間もなく前期の終業を迎えますが、4日間のお休みをはさんで、すぐに後期が始まります。前期6ヵ月間で学んだことをよく活かして、よりよい学校生活を送ってほしいと心から願っております。生活面でも学習面でも、地道な積み重ねとその継続以外に、良い習慣やしっかりとした基礎学力を形成する方法はありません。社会全体が能率や即効力を求めがちですが、それを人生の基礎を作る小学校の教育に持ち込むことはできません。また、世の中が便利になればなるほど我慢することの大切さが忘れられていくようですが、安定した心の土台を築くためには、あえて便利さに頼らず、遠回りで忍耐を要する体験も必要です。親や教師は、こうしたことをしっかりと心に留めておかなければならないと思います。
   ちょうど9月最初の聖堂朝礼で、6年生と共に“家と土台”というイエスのたとえ話を聞きました。聖書をひもとき、キリストの教えをしっかりと心に留めながら、人として大切な土台を築いていってほしいと改めて思いました。
    わたしを「主よ、主よ」と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。わたしのもとに来て、

    わたしの言葉を聞き、それを行う人が皆、どんな人に似ているかを示そう。それは地面を深く掘り下げ、

    岩の上に土台を置いて家を建てた人に似ている。洪水になって川の水がその家に押し寄せたが、しっかり

    建ててあったので、揺り動かすことができなかった。しかし、聞いても行わない者は、土台なしで地面に

    家を建てた人に似ている。川の水が押し寄せると、家はたちまち倒れ、その壊れ方がひどかった。

                                                           (ルカによる福音書6:46~49)

   10月は「ロザリオの月」です。5月の聖母月と共にマリア様に特に親しむ月です。「ロザリオ」という語は「バラの花束」「バラの園」などを意味する言葉だそうです。マリア様への祈りの一つひとつがバラの花で、その祈りが集まってバラの花束になる、というイメージでしょう。美しい祈りをささげることを特に心がけて過ごしていきたいと思います。

9月のおたより校長 渡辺 勝之 

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   昨日から授業が再開され、前期終了まで一か月余となりました。皆様、いかがお過ごしでしたか。夏休みを終えた子どもたちが、元気いっぱいに学校へ戻って来てくれました。本当にうれしいことです。お友だちや先生との再会を喜び合いながら、楽しかった夏の思い出を話す子どもたちの姿があちらこちらで見られます。ご家族の皆様にとりましても、お子様とご一緒に過ごされた夏の日々は、きっと心に残るたくさんの思い出に彩られたものとなったことでしょう。
   ところで、この夏は、梅雨入り前から各地で深刻な自然災害が続きました。夏休み中の8月初日、聖セシリアが所在する大和市周辺でも大雨・洪水警報が発令され、河川の周辺地域では避難準備が発令される事態となりました。幸い、大事には至りませんでしたが、雨の降り方一つをとっても、「○○年に一度の」「これまでに経験したことのないような」といった表現が使われるほどです。カトリック教会のフランシスコ教皇は、全世界に宛てた『ラウダート・シ』というメッセージの中で、私たち人類の営みが人類共通の家“地球”をひどく傷つけてしまっているとしたうえで、「わたしたちの後に続く人々、また今成長しつつある子どもたちのために、わたしたちは一体どのような世界を残していきたいのでしょうか」と問いかけています。各地で大きな被害に遭われた皆様にお見舞いを申し上げると共に、地球環境をめぐる様々な問題に一層の関心を持って、環境保全のためにできることを心がけたいと思います。
   また夏は、平和に特別の思いを寄せる時期でもあります。戦後72年目を迎えた今年も、6月23日の沖縄慰霊の日に始まり、8月6日(広島)・9日(長崎)の原爆の日、そして8月15日の終戦記念日と続き、各地で様々な催しがありました。戦争体験を語ってこられた方々の高齢化が進んでいますが、平和の尊さを伝えるバトンを次の世代へと確実に受け継いでいかなければなりません。私たち大人に課された大切な使命であると感じます。
   一人ひとりがかけがえのない存在として大切にされる平和な世界が与えられますように! そんな思いを改めて強くする夏でした。
 

7月のおたより校長 渡辺 勝之 

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   梅雨空の続く季節、皆様にはいかがお過ごしでしょうか。“み心の月”と呼ばれる6月が過ぎました。“イエスのみ心”の祭日が今年は6月23日となり、“沖縄慰霊の日”と重なりました。先の大戦では、沖縄における激しい戦闘で、多くの方々が尊い命を落とされました。平和の主であるイエスのみ心を思い、犠牲となられた方々を深く、深く慰霊する1日となりました。

   いよいよ7月を迎え、2年生と4年生が待ちに待った海の学校と林間学校、そして子どもたちが楽しみにしている夏休みが近づいてまいりました。長い休みに入る直前のこの時期に、ご家庭で話し合っていただくとよいのではないかと思うテーマが二つあります。
   一つは、「4月からの生活のふりかえり」です。ふりかえりを通じて、お子さん自身が「できていること」と「できていないこと」を確認できるようにしてあげるとよいのではないかと思います。「できている」ことが確認できればそれは自信につながりますし、「できていないこと」が見つかっても、それを努力目標として確認してあげることで、前向きな気持ちに結びついていくと思います。
   もう一つは、「夏休みにチャレンジしてみたいこと」です。子どもたちの願いに耳を傾けていただくと同時に、それを実現するにはどうしたらよいかを一緒に考えてあげていただきたいと思います。どんなにささやかなことでも結構です。子どもたちがいろいろなことにチャレンジしてみようという気持ちを持てるように導いてあげることは、とても大切なことです。皆様の子ども時代の体験談もぜひ聞かせてあげてください。そして、何かを実現するためにはきちんと計画を立てること、忍耐と努力、そしていろいろな人々とのつながりが大切だということも、少しずつ教えていただけるとよいのではないかと思います。
 

6月のおたより校長 渡辺 勝之 

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   5年生の自然教室、3年生の森の学校、マリア祭、そして青葉祭と、盛りだくさんの聖母月が過ぎました。マリア祭では、聖母月のよいふりかえりとまとめができたと思います。祈りと献金への取組みを通して、世界の恵まれない子どもたちへの思いが育っていくことを願っております。
   6月は“聖心(みこころ)の月”です。『ルカによる福音書』には、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回る、という有名なたとえ話(15章4~6節)があります。「どこまでもともにいてくださる神」という存在を象徴的に伝えている話ではないかと思います。
   以前、ある神父様から、「ともにいる」ということには三つの次元があるというお話を伺いました。
   第一は単に、人数合わせによるもの。つまり数があえばよいというものです。「だれでもいいから」ということです。
   第二は、能力や才能の関係でその人がどうしても必要だという場合があります。しかし、私たち人間の能力や才能は、いずれは選手交代できる値打ちにすぎません。
   そこで第三は、「かけがえのないもの」ということです。選手交代のできない絶対的な値打ち、それは愛です。「神が私たちとともにいてくださる」というのはこの第三の段階であって、神様は私たち一人ひとりを、絶対に他者と交代することのできない、かけがえのない存在として愛してくださるということなのです。
   ところで、私たちは普段、家族のように近い関係にある人ほど、「いる」ということをそれほど意識しないものです。「いる」のが当たり前になってしまっているからでしょう。しかし、いなくなってはじめて、その方がどれほどかけがえのない大切な存在だったかということに気付かされることがあります。
   聖心の月にあたり、聖書が伝えるイエスの姿から、家族、親戚、学校、会社、友人などの様々な人間関係の中で、「愛情によってともにいる」ということの意味と価値を改めて、深く味わってみたいと思います。

5月のおたより校長 渡辺 勝之 

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   聖セシリア小学校を囲む木々の青葉、若葉に風薫る季節を迎えました。1年生は、お弁当に加えて平常授業も始まり、少しずつ新しい環境に慣れてきたようです。中休みや昼休みには、お友だちや上級生と楽しそうに遊ぶ微笑ましい姿が見られるようになりました。
   さて、毎週月曜日は、学年毎に聖堂で朝礼を行っていますが、今年度最初の聖堂朝礼は6年生を迎えて行いました。朝の祈り、聖歌に続き、聖書の次の箇所が朗読されました。
  
    愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、

    自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。

    すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。

    愛は決して滅びない。

    それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。

    その中で最も大いなるものは、愛である。

  (コリントの信徒への手紙一13章4~8a、13節)

   聖セシリアの建学の精神において心の糧とされている「信じ、希望し、愛深く」のもとになっている聖句です。「愛の賛歌」としてもよく知られていますので、お聞きになられたことのある方も多いのではないでしょうか。高学年の子どもたちが、このような格調高い言葉で新年度をスタートすることには、大きな意味があると思います。健康な体の成長によい食物が必要であるように、健全な心を育てるにはこのような“心の糧”と言われる言葉やよい体験が必要です。
   5月は、聖母マリアを慕い、聖母の姿に倣う月です。“聖母月”として、教会でも古くから親しまれてまいりました。校庭のマリア様は両手をいっぱいに広げて、元気いっぱいに遊ぶ子どもたちにほほ笑みかけ、いつくしみ深く包み込みます。今年のマリア祭は5月26日に行われます。宗教の授業では、全学年で聖母の汚れない心を表す白い百合の花を作り、祈り・献金と共にささげます。本校伝統のマリア祭を通して、一人ひとりが聖母の心にふれることができることを願っております。

4月のおたより校長 渡辺 勝之 

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   3月下旬から桜の開花の便りが聞かれるようになり、お花見を楽しまれた方もおられたことでしょう。今年も美しい春の季節が巡ってまいりました。
   お子様のご進級、おめでとうございます。一つ上の学年に進級した子どもたちが元気いっぱいの笑顔で登校して来てくれました。本当にうれしいことです。本日、喜びと感謝のうちに2017年度の始業式を迎えることができ、いよいよ新年度が始まったという実感が湧いてまいります。
   卒業生を送り出してしばらくさびしい雰囲気が漂っていた校舎でしたが、明日はいよいよ新1年生が入学してまいります。真新しい制服に身を包んだ小さな弟・妹たちとの出会いを、子どもたちも教職員も心待ちにしています。
   新年度のこの時期は、何もかもが新たに始まるような印象を受けがちですが、それはリセットということではありません。子どもたちが聖セシリア小学校でこれまで一つひとつ積み重ねてきたことの上に、新しいものをまた少しずつ積み上げていくという地道な営みは、今までと変わることなく続きます。どんなに時間がかかっても、忍耐強く土台を築いていくことができるよう、ご家庭と学校とで励ましながら支援してまいりましょう。聖セシリア小学校で築く土台は幸せの土台です。目に見える物質的な価値ではなく、「信じ、希望し、愛深く」という目には見えない心の糧を、土台の中心に据えていくことができるよう、導いていきたいと思います。
   今年は4月16日に復活祭を迎えます。世界中が喜びに包まれるこの時期、キリストの生き方に改めて思いを寄せ、たくさんの恵みに感謝しながら、希望と喜びをもって新年度の一歩を踏み出して行きたいと思います。教職員一同、聖セシリアの教育精神を学校生活のあらゆる場面で実現していくことができるよう、努力してまいります。
   今年度も変わらぬご理解とご支援をお願いいたします。