沿革

「大和学園聖セシリア」の歩み

カトリックの敬虔な信者であり、真理の道を求め続けた教育者、伊東静江によって昭和4年に設立された大和学園は、当時一般的であった良妻賢母型の女子教育の概念を大きく覆し、土に親しみ自然に触れる中で神の摂理を識ることを教育理念に掲げた革新的な学校として始まった。翌5年には「大和学園女子高等学校」と改名。小学校は昭和7年「大和学園小学校」として開設された。伊東静江の教育目標である「カトリック精神による豊かな人間形成」は、初等教育から高等教育にわたる一貫した教育制度によって形作られることとなった。

昭和20年3月、大和学園は我が国でも珍しい女子の農業専門学校「大和女子農芸専門学校」を設立。「食料増産のための専門的な農業教育」という旗印のもと、農業に対する理解を深めると共に生命の尊厳と喜びを知ることで、大和学園本来の精神である愛と奉仕の心を学び取っていくこととなった。そして昭和22年「学校教育法」の交付により、小学校・中学校の9年が義務教育として制定された。これに伴い大和学園は、旧来の高等女学校を移行するかたちで「大和学園中学校」を新設。翌23年には「大和学園女子高等学校」を開校。また、昭和28年には新たに「大和学園幼稚園」を開設。さらに「産業開発青年隊」の活躍によって女子の海外移住希望者が増えたことを鑑み、昭和37年には「大和女子海外拓殖学校」を設立。また、昭和38年には短大に「農芸栄養科」を、さらに昭和40年には「保育科」を新設。
これが現在の「聖セシリア女子短期大学」幼児教育学科の母体となる。

こうして幼稚園から短大までを擁する学園に成長した大和学園だったが、昭和46年に大きな転機を迎えることとなる。創立者、伊東静江の帰天である。これにより新学園長に選出されたのが、亡き伊東静江の次女、伊東千鶴子であった。母にもまして熱心なカトリック信者である伊東千鶴子は、翌47年に「信じ、希望し、愛深く」を学園の校訓として掲げ、新体制の礎を築くこととなった。

創立50周年を記念し、昭和55年4月より校名を大和学園から「聖セシリア」に変更した。
その後、幼稚園新園舎の完成や小学校の新装、高等学校の新校舎建設着工、「学習センター」の開設、「アリーナ・特別教室棟」の完成など、さまざまな改革が進められた。 小学校では、English Room や算数教室といった特別教室が新設され、体育館には冷暖房設備が導入されるなど、学習環境の充実が図られた。また「表現」「体験」「個を生かす」という教育コンセプトをもとに英語教育の充実、体験を重視した授業や行事、個に応じた放課後講座など、教育内容も一新した。新たにこども園も開設され、より幅広い年代の子どもたちを受け入れる体制が整った。現在は、創立100周年に向けて、これまで以上に一人ひとりが輝ける学校づくりをさらに推進していく。