校長ブログ(7月)
2026.07.31
校長ブログ
1年生が植えたひまわりがやっと咲きました。やっとです。これまでも花壇のひまわりは次々に花を咲かせていましたが、実は、それは教頭先生が植えたものばかりでした。その横で1年生のひまわりは、茎を伸ばすばかりで、なかなかつぼみをつけず、本当に咲くのだろうかとひそかに心配していました。
夏休みに入ってしまいましたが、やっと咲き始めました。けっして大輪ではないけれど、ちゃんと夏色をした「向日葵」が、太陽を追いかけるかのように咲いています。1年生が見たらみんな喜ぶだろうなぁと思いながら、うれしく眺めています。
それにしても「咲く」ということは、なぜこんなにもうれしいのでしょうか。それは、ただ単に見た目が美しいからだけではなく、花が咲くまでの過程に、私たちが本能的に心を動かされるからではないでしょうか。じっとエネルギーを蓄え、蕾をつけ、やがて花開く。そのひたむきな命の営みに、人は自らの成長を重ね合わせることもあります。
人生を「咲く」ことになぞらえた言葉に「置かれた場所で咲きなさい」というものがあります。この言葉は、ノートルダム清心学園の学長だった渡辺和子氏が、かつて神父様からいただいた英詩"Bloom where God has planted you"の一節だそうです。私もシスター渡辺の講演でこの言葉に出会ったとき、何か自分の体から埃のようなものが落ちていくのを感じました。
置かれた場所こそが自分の居場所。不平不満を言うのではなく、その場所で自分にできるベストを尽くし、命を輝かす。私もそうありたいと心を揺さぶられました。今でも私の中の大切な言葉の一つです。
「置かれた場所で咲く」ことは、決して簡単ではなく、なかなか努力のいることです。けれど、色も大きさも咲くタイミングもそれぞれでいい。セシリアっ子たちが、一人ひとり「自分らしい花」を咲かせられるよう、まずは根を伸ばし、力を蓄えてほしいと願っています。

